LiLy プロフィール
コラムニスト/作家
1981年11月21日生まれ
神奈川県出身
上智大学外国語学部卒
2004年 J-WAVE
ナビゲーターオーディション優勝
LiLy リアル
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Behind the Door/ Open the Door

無責任に優しい言葉が、
モラルを低下させる。

悪いことは悪いと
キチンと言うべきだ。

悪いことをしているという
自負があるのならば、
批判される覚悟を持って、
誰かに相談するべきだ。

悪いことは悪い。
虐待や殺人は
絶対に許されない。

「私はママだけど、
育児は大変だし、
私ひとりの責任じゃないから、
子育てはテキトウでもいいんだ」

と、開き直っては絶対にいけない。

その通りだと思います。
私も同意見です。

もし、
開き直ることができるくらいの
曲がった強さを持つ友達がいたら、
私は厳しい言葉で彼女を諭します。

叱られる勇気をもって
現状を話してくれれば、
もちろんそれが理想です。

批判されるリスクを負って
自分の意見を言うこと、
その大切さを、私は身をもって
訴えているつもりです。

でも、

それは、勇気がいることです。
私自身、誠意ある賛同/反対意見を読みたいと思っても、
ところどころに挟まる暴力的な言葉を目にすることが怖くて
〆切原稿を終わらせるまでは、コメントを読むことができませんでした。

その恐怖にも近い感情を
胸に感じたからこそ、
勇気を出せずに
ひとりで悩んでいる方は、
たくさんいるんじゃないかって
今改めて、また感じています。

弱い人間を甘やかすな、
甘やかすことは社会のためにならない
という意見も、一理あるとは思います。

でも、

大人だけの問題ならまだしも、
なんの罪のない子供を巻き込んでしまう場合、
「サイテーや奴はサイテー」だと切り捨ててしまうのは
とてもキケンなことだと私は思うのです。

内心ヤバイと思いながらも、
もう誰にも本音を言えない状態になった時こそ、
キケンなんじゃないでしょうか?

もう、批判されるだけの心の余裕がまったくなく、
自分の中のモラルが崩壊しかけている時、

そういう時、人は、
批判されることが怖くて、黙ってしまうかも。
そのうち、
批判されること自体がメンドクサくなって、
ウソをついてしまうようになるかもしれない。

みんな元気で幸せにやっているよ、と。

心のSOSがウソへと変わり
ウソをつかれてしまえば、
周りはもう、ドアの向こうで起こっていることに気付けない。
どんなに助けたいと思っていても、ウソをつかれてしまえば、
ドアの向こうにはなかなか踏み込んでいけないのも事実です。


繰り返しますが、

誰かの助けが必要だと感じたら、
怖がらずに、誰かに、正直に相談してほしい。
サイテーな状態へと追い込まれてしまった人が、
サイテーだと頭ごなしに批判されることなく、
SOSをだせる世の中に、なって欲しい。
まずは自分が、周りにいる友達や家族が、
本音を正直に話してくれるような人でありたい。

それは「解決策」と呼べるような
ものではないかもしれない、でも、
ドアの中の問題を外の誰かに相談することが、
ドアの中で泣いている子供たちを、
救う糸口になるんじゃないかって、私は、思います。

「優しい言葉」は、
子供たちを救うために、
大人たちをドアの外へと誘い出す「飴」なのかもしれない。

でも、「飴」でもいいんじゃないかって、私は、思うんです。

想像力と優しさでできたその「飴」が、
子供たちはもちろん、
彼らのことだって救うことに繋がるかもしれないのだから……。

これは私の意見なので、
すべての人に賛同してもらおうなんて思っていません。
いろんな立場があり、いろんな思いがあり、
いろんな意見があって当然です。

私たちに「同じ」はありえない。
コメントにもありましたが、
そのことについて、
切り口は少し違いますが、ちょうど
先週の恋愛エッセイで書いたところでした。

「私たちはみんな同じだよ」というのも
また、キケンなことだと、私も改めて感じています。

今回、
もう一度この件に関して
記事を書かなくてはと
一番強く思わされたのが、

愛情を注いで、頑張って育児をしている中で、
「誰もが虐待をする母親と紙一重だ」と大雑把にくくられることは
母親として、同じ女性として、心外だ、という声でした。

そのような形で「みんな同じ」だと
ましては、「みんな彼女と同じ」だと
書いたつもりはまったくありません。
でも、今改めて読み返してみて、
そのような誤解を与えてしまうリスクを
十分に持った文章だったと感じました。

思うことを、一番伝えたい相手に
伝わるようにと思って書いた文章です。

でも、
私自身、息子への愛を疑われることほどに
心が傷つくことはありません。

だからこそ、
このような事件が起こるたびに
ステレオタイプが深まり、
シングルだから、若いから、
とそのような上辺の理由から
愛をもって頑張って育児をしているのに、
世間から、虐待を疑われるような目で見られることに
とても傷ついているお母さんたちがいるということを
もっと考慮してかくべきだった、と反省しています。


周りももっと関心を持つべきだ、
周りからのサポートが得られずに
困っている人がいる、
理解しよう、助けよう、

という私のメッセージが、
私の書き方ひとつで、

周りからの関心が”疑い”という形に変わり、
頑張っているお母さんたちへの
風当たりをより厳しいものにしかねない
リスクも、感じました。

私は息子を心の底から愛しています。

それが伝わっているという前提で、
育った環境、今いる環境が違えば
誰だって他人事ではないはずだ、
と書いた「自分のリスク」に
他のお母さんたちを
巻き込んでしまったこと、

ほんとうにごめんなさい。


周りのサポートが少ない環境の中でも、
頑張って育児をしている素晴らしい
お母さんたちはたくさんいます。


でも、そういう強さを持った
お母さんだけではないのも、また、事実です。

いろんな状況にいるすべての方を
傷つけることなく言葉を発することは
ほんとうに難しく、不可能のようにも感じますが、

今、誰よりも考えるべきは、
ドアの向こうで泣いている
子供たちのことだと思います。

前回、前々回の記事は、
心が弱ってしまっているお母さんに
SOSを出して、という願いを込めて
書いた文章です。


誰もがダークサイドに
足を引っ張られる可能性がある。
だから、自分をそんなに責めずに、
誰かに相談して、と。

そこで意味するダークサイドとは、
陽に対して存在する陰の部分です。

それは母親、女性だけに限らず、
人間だれもが、精神状態を健康に保ち、
元気にやっていると思っていても
プツッと糸がきれるように、フッと
心を病んでしまうことは、あると思うんです。

それをきっかけとして、
誰もが虐待や殺人をするかもしれない、
とは思っていません。
中には自殺という形を選んでしまう人も、
そして、自分の力でそこから立ち上がる
ことができる人も、もちろんたくさんいます。

それもまた、人それぞれです。

ただ、
そこから取り返しがつかないところまで
転がり落ちてしまう人は実際にいて、
そうなってしまいそうな危機感があっても
SOSを出しにくいのが今の状況
なんじゃないかと、私は思ったのです。

子供を救いたいと本当に思うのならば、
今、手を差し伸べるべきは、
そうなってしまいそうなところにいる
お母さんたちなんじゃないか、と。

生まれた環境、育った環境に、
まったく同じというのもなければ、
人間に、
まったく同じは、ありえません。

結局、
自分の人生は、自分で責任を持って、
自分の足で歩いてゆくしかないのです。

でも、だからこそ、
他人と「分かり合いたい」と思う気持ちから
違う立場の他人の気持ちを想像しようとすることが、
愛であり、優しさだと、私は、思うのです。

それなしに、自分の力だけで
生きることができるほど、人は強くない……。

そして、「強さ」にもまた、
個人差があることを、私たちは忘れてはいけないと思うのです。


記事を読んだと電話をくれた友達と、一緒に泣いた。
どうして?この事件が、あまりにも残酷すぎるからです。
私の記事がどうこうという次元を超えて、
この悲惨な事件が、私たちにいろんなことを考えさせるのです。

そして、その時に、
「同じように」胸を痛めて
「どうすればこのような事件を
食い止めることができるんだろう」
と、「一緒に」泣いてくれる人がいたことに
私が救われたのも事実です。
「胸を痛めているのはひとりじゃない。
ひとりじゃないから
何かできるかもしれない」
と思えることは、
気休め程度にしかならなくても、
事実として人の心を癒す力につながることもある。

この問題について話し合った友達の中には
母親ではない人たちも、たくさんいます。

子供がいない人には
何も言う権利がないなんて、
私はまったく思っていません。

母親になる半年前、
妊娠する一年半前でも
私は同じような記事を
書いたと思います。
そして、
なんといっても、
私だって母親になって、
まだたったの半年です。

その中で、
数ある残酷な事件の中で
この事件を取り上げたのは、
育児の大変さを知ったというのも
もちろんありますが、それよりも、
むしろ、
息子が、可愛くて仕方がないからです。

息子と同じ、天使のような赤ちゃんたちが
今こうしている間にも犠牲になっていると思うと、
いたたまれなかった。
感情的?そうかもしれません。
でも、どうしても今、書きたい、書かなければという
衝動にかられました。

書くべきでなかったと
言われてしまえばそれまでですが、
それが私の正直な気持ちです。

批判や反対意見もありましたが、記事を読んで
「育児中の友達に久しぶりに電話をかけてみたら
連絡が嬉しかったという文章が二度入ったメールをもらった」
「子供の父親として、妻の気持ちになってもう
一度育児について考えようと思った」
「他人事ではなく自分も真剣に考えてみようと思った」などの
コメント、メールをたくさん頂いたのも事実です。

批判や反対意見の声も受け止めています。
理解したい、という気持ちから、
「みんな同じ」だというニュンアンスを
含めて書いてしまった一部の文章に関しては、
反省もしています。

でも、

実際の行動へとつながった声があったという点では、
自分では、意味のあることをしたと思っています。

一本の電話や、家族内での話し合い。
それらは、小さなステップですが、
意味のあることだと思うからです。

そして、
自分の想い/経験をさらけだすようにして、
書くのに勇気がいったであろう
コメントを書いて下さった方、
私が心を痛めているんじゃないかと
優しい声をかけて下さった方、
私の書いた文章が持つリスクを指摘して下さった方に、
お礼を申し上げます。

ありがとうございました。

いろんな立場からの
ご意見、ご感想、胸に受け止めました。

私以外でも、たくさんの方が、
私の記事だけでなくコメントを読むことで、
よりいろんな立場から、この事件について
考えることができたんじゃないかと思います。

その上で、改めて、願わずにはいられません。



『ドアの向こうで泣いている子供たちを、
一人でも多く、私たちが、救うことができますように』。



一緒に泣いた友達のひとりが、
LiLyは向き合ってブログを書いて、
私はそのあいだに連絡先をまとめるから、
とブログを立ちあげてくれました。
リンク、コピペなどで、広めて頂ければ嬉しいです。

これじゃ足りない。
そう思います。
でも、まずは、
今、できるところから……。



『Open the Door』

 
↓↓↓↓↓↓↓↓

**********************************

●● 子育てに悩みを抱えているママへ ●●

子育てに限界を感じたり、精神的に余裕が無くなる人は、
決してあなただけではありません。
引け目など感じず、助けを求める勇気を持って。

・「オレンジリボン運動公式サイト」
http://www.orangeribbon.jp/window/win.html

・「全国 子育て・虐待防止ホットライン」

0570−011−077
(ナビダイアル・10〜17時 祝休)

●●虐待では?と思われる、
子供や家庭を知った方へ●●

あなたの一本の電話が、
扉の向こうで苦しむ
子供たちの心を、命を、救うことがあります。


・「全国 児童相談所 一覧」
http://www.mhlw.go.jp/support/jidousoudan/index.html

http://www.mhlw.go.jp/bunya/kodomo/dv30/index.html


●●虐待を受けていると感じている子供たちへ●●

.劵潺弔麓蕕襪茵 ¬樵阿聾世錣覆てもいい。
どんなことでも一緒に考えるよ。
ぅぅ笋砲覆辰燭蘋擇辰討發いぁ

4つの約束からなる、子供のための電話があります。
怖がらず、まずは話してみて。

<18歳までの子供がかける電話>
・「チャイルドライン」

http://www.childline.or.jp/


ここでは子供たちからの電話が増える中、
企業などからの寄付は減っていて
子供たちの命をつなぐための電話代が
不足しているそうです。
賛同された大人の方は、是非お力を。。
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http://www.childline.or.jp/supporter/news.html#000678


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| 03:51 | comments(105) | - | Posted by : LiLy

優しい言葉と天使の笑顔



記事を読んで、
泣きながら電話をくれた友達がたくさんいる。
妊娠中で、
どうしても記事が読めなかったという友達もいる。

私も、
いろいろと考えて、
考えれば考えるほど、
いろんなことが悲しすぎて、
泣きやむことができない。
気持ちが、沈んでしまっている。

この事件から、
今も続いている児童虐待の悲劇から、
目を反らしては、絶対にいけない。

でも、
真正面から見つめることで
自分の精神をやられてしまえば、
それは本末転倒だ。


              *

自分の命に
かえてでも
守りたいと思う
誰より愛おしい
我が子を抱きながら、
自分と同じ母親が
子供を殺したという
ニュースを聞くのは、
耐えがたい苦しみだ。

理解しがたいからこそ、
気が、おかしくなってしまいそうだ。

でも、

私の想像力が、私を作家にしてくれた。
神さまが、私をお母さんにしてくれた。

今、私が、想像すべきは、
自分が一番理解できないと
思っている母親の気持ち。

そう思って、記事を書いた。

記事の中の言葉を
繰り返すことに
なってしまうかもしれないけれど、

私は、責任をもって
言葉を綴っているつもりだ。
だから、もう一度、同じことを
表現方法を変えて、伝えたい。


私だってもちろん、
彼女のしたことは許せない。
ほんとうに、どうして?って思う。

女として母として、
同じ人間として、
許せるわけがない凶悪な犯罪だ。


それを前提としたうえで、
この絶対に、
繰り返されてはいけない
犯罪を、どうにか防ぐことはできないのか。

それを、考えずにはいられない。

どんなに大きな心をもとうと頑張ったって、
結果としてこんなことをしてしまった彼女に
かけるべき「優しい言葉」は見当たらないよ。

でも、
その中で、わざと
あのような文章を使って書いたのは、

こんなことになってしまいそうな状態にいる
お母さんたちに対しては、
「優しい言葉」をかけてあげたいと心から思うから。

心ない批判ではなく
理解しようという気持ちと
最大限の想像力を持って、
思いやりの言葉を、
救いの手を、
さしだすべきだって
何度でも、何度でも、
私は声を大にして言いたい。
これからも、言い続ける。

軽蔑しないから。
理解したいって思う。
たすけたいって思う。

だから、

ほんのちょっとの勇気をもって、
悩みを口にすることを、
相談することを、恐れないで。


だって、
今回の事件に限らず、
自分だって、誰だって、いつ、
ダークサイドに足をとられて
その中に沈んでしまうか分からない。

その時に、
弱り切った心でも、
本音をスルリと吐き出せるような
友達が、家族が、誰かが、私は欲しいと思う。

だから、自分も誰かにとっての
そういう人でありたいと思う。

もちろん、
それだけじゃ解決できない
根の深い問題だけど、
まず、
身の周りにいる人を、ひとりひとりが
精一杯の想像力を持って、
理解しようとすることは、できるかも。

そして、私は、
作家として、
これからも、
私なりのやり方で、
恋愛に、SEXに、
妊娠に、
出産に、育児に、
悩んでいる読者を
言葉で支えて
いきたいと
改めて、強く思う。

命の尊さを
生きることの喜びを、
叫び続けていきたい。

もちろんそれだけじゃ足りないのは分かってる。
性教育の一からの見直しに、養子縁組システムの改善……。
今の現状に対して、疑問に思うことはいくらだってある。

でもまずは、私に、できるところから。

言葉は人を傷つけてしまう凶器にもなるけれど、
同じくらいの威力を持って、人を救うこともできる。

私は、言葉が持つ力を、信じている。

天国にいる人にさえ、
届くかもしれないって思っている。

亡くなってしまった
子供たちに寄り添う心で、
書いた最後の文章は、私の心からの言葉。

子供たちにむかって、
あなたのお母さんは悪魔だったんだ、
とは、私は、どうしても言いたくない。

こんなことになってしまったけれど、
あなたのお母さんがあなたに名前をつけた時、
きっと愛を込めて可愛い名前を選んだんだよ。

こんなことになって、
本当にごめんねって、何度だってあやまりたい。
何度あやまったって、足りないくらいの気持ちだ。

ほんとうにかわいそうで、
自分の無力さが、
ほんとうに申し訳ない。

だから、ね、分かるよ。

彼女が、
生まれながらの悪魔だった
と思いたい気持ちは痛いほど分かる。

でも私は、
彼女も、生まれた時は天使だった、
一度は、子供たちを愛したのだと、
そうであってほしいと、
どうしても、信じたい……。

真実は、そのどちらでも
ないのかも、わからない、

でも、
それらは
反対の意見のようで、
本当はどちらも
この悲劇に胸を心底痛め、
どこかに『救い』を求めたい。

その想い、ひとつなんだよね。

どこかに救いをもとめなめれば、
自分がおかしくなってしまいそうだから……。

私自身、
記事を書く前も、書いてからも、今も
いろんなことを考えれば考えるほど、
事件のことが頭から離れず、
かなり精神的にまいってしまっている。

母親の胸の痛みは、子供に伝わる。
私が泣いているのを感じたのかな。
まだ6カ月の息子が、泣く私に、
ニコッと、大きな笑顔をくれた。

ねぇ、本当に、
キレイごとなんかじゃなく、
真実として、子供は、天使だよ。

自分の子供だけじゃない、
すべての子供は天使だよ。

純粋で、美しく、汚れない天使。

テレビで報道されるニュースは
悲劇で満ちているけれど、
世の中には、その何百倍もの、
天使たちの笑顔で、あふれている。

私たちは、
そのことも、
忘れちゃいけない。

世の中は、
メディアが煽るほどには
腐ってなんかいない。
そう、私は信じている。

さぁ、前を向こう。


目を反らさず、
でも考えすぎず、
一度、深呼吸。


大人たちの笑顔なくして
天使たちの笑顔はないのだから。


今日も、空が青い。
美しい、真夏の空。

そんな
同じ空の下にいる、
あなたの一日が、


今日もどうか、
笑顔であふれたものに、
なりますように。




| 11:28 | comments(114) | - | Posted by : LiLy

大阪の事件について

「もー疲れた。離婚して、子供二人いて、
 やりたくもない風俗で働いて、
 もうムリ。限界。
 ぜんぶから逃げちゃいたい。
 ぶっちゃけ、子供さえいなければって思っちゃう。
 もうただ、何も考えずに子供捨てて逃げたいんだよね。
 ねぇ、私ホスト行くから、子供たち、しばらく預かってくれない?」

 もし、もしも彼女が、誰かに、
 そう言うことができていたら、
 こんなことにならなかったんじゃないか。

 でも、もしそんなことを口にすれば、

 「あんた母親でしょ?サイテー」

 って、言われることが、思われることが、
 誰よりも分かっていたから、彼女は誰にも、
 そんな本音を言うことができなかったんじゃないだろうか。


 

 
               *


 今回の大阪の事件のことが、ここ数日、頭から離れない。
亡くなってしまった二人の子供たちが、あまりにもかわいそうで、
考えば考えるほど、自分の精神やられてしまいそうで、
それこそ逃げてしまいたいくらいなのに、
頭から胸から離れてくれなくて、夢にまでみてしまった。
 
 なにが一番怖い? 

 それは、彼女が、
 血も涙もない、悪魔のような人間だとは思えないことだ。

 彼女が書いた、数年前のブログには、
 子供たちに対する愛情が綴られていた。
 彼女がウソを書いていたとは、思えない。
 きっと、その時は、本当に愛していたんだと思う、心から…。

 彼女は、私たちと、私と、そう変わらない、
 フツウの女の子だったように、思えてならない。
 
 自分の子供たちを大事に思う、
 私たちと同じ、お母さんだったように思えてならない。

 だから、怖くなる。

 歯車が、どこでどうズレてしまうと、
 こんなことに、なってしまうのか…。
 
 彼女自身も、
 両親にネグレクトされていた過去があるという。
 もちろんそれも、深く、関係しているとは思うけれど、
 
 彼女の過去のブログ記事を読む限り、
 彼女は、一度は、自分の力で、自分が育った環境とは
 違うカタチの幸せを手に入れようと、
 誠実な愛を子供たちに与えようと、頑張っていた様子だった。

 それなのにどうして……。

 負の連鎖を断ち切ることができない、
 幸せの格差が広がってゆく社会が、ここにある。

 だれよりも罪のない、赤ちゃんが次々と犠牲になってゆく。 
 

                *
 
 「こんなことになるなら、
  私が、預かってあげたかったくらいだよ」

  って、今になって、誰もが思う。私も思う。

 でも、こんなことになる前なら? 
 冒頭のセリフを、誰かに言われたら、
 誰が、彼女を一切批判することなく、
 喜んで子供たちを、預かっただろうか。
 
 それが分かっていたから、
 誰かに批判されるリスクを負うだけの
 元気が残っていなかった彼女は、

 黙って、逃げ出したんじゃないか。
 それが、子供たちを殺すことになると、
 分かっていたのに……。

 書いているだけで、涙がでくる。

 彼女がしたことは、許されることじゃない。
 許せないって思う。どうしてって思う。

 でも、責められるべきは、彼女だけじゃない。

 子供たちの父親は? 家族は? 友達は?
 職場の人は? 近所の人は? 警察は? 
 そして、私たちは? 私は?

 今だって、私たちのすぐ近くにある
 ドアの1枚向こうで、
 たくさんの子供たちが、泣いている。

 たすけたいって、
 誰もが思っているはずなんだ。
 
 問題は山積みで、私たちに、私に、
 できることは限られているかもしれない。

 でも、今回のことで、
 改めて思ったことが、ひとつある。 

 他人の妊娠や、育児に関しての、
 心ない「批判」をやめるべきだ。

 たとえば、
  私が妊娠中いろんなサイトをみている中で、 
 「イライラして、子供を殴ってしまう」と
 掲示板で相談しているお母さんがいた。

 彼女に対するコメントは、

 サイテーだサイテーだ、
 お前に母親を名乗る資格はない、
 なんていう、心ないバッシングで荒れていた。

  それって、ひどい。
  あまりに、ひどすぎる。

  どんな気持ちで、
  そのお母さんがそれを書き込んだのか。
  妊娠出産を経てはじまる、育児。
  ただでさえアンバランスな
  彼女の精神状態は、おかまいなしで、
  「自分は正しい」ということだけに
  酔っ払った、他人による心ない批判。

  でもこれが、
  お母さんのSOSに対する、今の世の中の反応だ。
  
 そんなんじゃ、怖くって、
 もう何も口に出せなくなるよね。
 相談なんて、絶対にできなくなる。

 妊娠中、育児中は、ただでさえ心が弱くなる。

 「私はいい母親じゃないのかもしれない」
 と悩んでいる中で、その悩みを口にして、
 「サイテーな母親だ」
 と誰かに言われるリスクを考えたら

 誰だって、本音を、誰にも、言えなくなる。
 

 誰かに言えば、
 たったそれだけでも、
 救われるかもしれないのに。
 
 ううん、

 誰かに言うことが、
 たったひとつの、
 救われるチャンスなのに。

 彼女の「SOSに気づかなかった」んじゃない。
 彼女が「SOSを出せなかった」世の中なんだ。

 彼女が職場の人に言っていた
 「死にたい」なんて、SOSにはならないよ。
 
 そんな、使い古された、遠回しな本音じゃ、伝わらない。
 「子供を捨てたいと思っている」こそ、SOSなんだよ。

 でも、
 そう思っていても、それが心からのSOSでも、
 それを口に出せる人は、いないんじゃないかな……。

 これは、『空とシュウ』の中でも
 主人公に感じさせるカタチで書いたけど、
 
 「子供おろしちった」って、
 まるで軽いことのように言ってる女の子が、
 その裏で、涙をながさなかったわけがないんだよ。
  
 その裏側まで考えずに、
 ただただ「サイテー」だと言うのは
 あまりにも、想像力がなさすぎる。

 それと、同じようなことだと思う。

 他人の問題を、
 自分に置き換えて考えるんじゃなくて
 自分を他人の立場に置き換えて、
 その人の気持ちを想像してみること。
 
 それが大切だって思う。


                *

 
 世の中は、
 母親に対してひどく厳しい。
 なぜなら、
 子供を育てるということは、
 それほどまでに責任重大な、
 なによりも重要な任務だから。

 でもさ、
 だったらさ、
 だからこそ、さ、

 母親だけに、
 そんな大きな任務を、
 まかせっきりにするのはおかしいよ。
 
 黙ってしまった母親のSOSの代わりに
 響き渡る、無力な赤ちゃんたちの、悲鳴。
 
 それは、
 私たちの、社会全体の、責任だ。


 あまりに残酷なニュースに、日々、耳をふさぎたくなる。
 でも、私たちはそこから、絶対に目を、反らしちゃいけない。

  
 桜子ちゃんと、楓ちゃん。

 かわいい名前を
 あなたにつけた
 お母さんを、
 あなたたちを、

 だれも
 守ることができなくて、
 ほんとうにごめんなさい。


 心から、ご冥福をお祈りします。

 
 
 


  
 
 


| 23:48 | comments(335) | - | Posted by : LiLy